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東京地方裁判所 平成3年(ワ)6321号 判決

原告

糸山英太郎

右訴訟代理人弁護士

上野久徳

今廣明

山田修

鈴木健司

川端健

被告

株式会社毎日新聞社

右代表者代表取締役

渡邊襄

右訴訟代理人弁護士

河村貢

河村卓哉

豊泉貫太郎

岡野谷知広

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金五〇〇〇万円を支払え。

2  被告は、原告に対し、読売新聞社、朝日新聞社、毎日新聞及び日本経済新聞の各全国版朝刊の第二面に別紙一記載の謝罪文を縦七センチメートル、横七センチメートルの大きさで一回掲載せよ。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、日刊紙「毎日新聞」を発行する新聞社であるが、同新聞の平成二年一二月二四日付け朝刊第二面紙上に、「自民党の党紀委員会が第九七条を発動して現職の国会議員に制裁を加えた例としては、昭和四九年、参院選の選挙違反で起訴された糸山英太郎前衆議院議員、…に対する役職停止処分(三年間)があるくらい」との内容を含む別紙二記載の記事を掲載した(以下、原告に関する右記事部分を「本件記事」という。)。

2  本件記事は、原告が、あたかも過去に選挙違反により起訴され、自由民主党(以下「自民党」という。)から役職停止処分を受けたことがあるというものであり、また、稲村利幸元環境庁長官(以下「稲村議員」という。)の巨額の脱税事件を取り扱った記事中に記載されていることから、あたかも原告が右と同様の犯罪的行為を犯したかのごとき印象をも読者に与えるものであって、原告の名誉、信用を毀損するものである。

3  原告は、本件記事によって、次のとおり、その名誉、信用につき有形無形の損害を被った。

(一) 原告は、参議院議員及び衆議院議員として通算一二年以上の国会議員としての経歴を有し、衆議院外務委員長等の役職を務めていた者であり、本件記事は、次期選挙に立候補する場合など原告の政治活動に計り知れない影響を与えるものである。

(二) 原告は、右政治活動のほかに、湘南工科大学の学長や新日本観光興業株式会社の代表取締役等の地位にあり、本件記事は、右大学や会社等の名声、評価等に多大の傷痕を残した。

(三) 家庭生活においても、本件記事は、大学生の長男、長女に対する原告の父親としての威厳に計り知れない影響を与えた。

(四) 原告の右傷害を填捕するためには、慰謝料として金五〇〇〇万円が相当であり、また、名誉回復措置として請求の趣旨2記載のとおりの謝罪文を掲載するのが相当である。

4  よって、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として金五〇〇〇万円の支払いを求めるとともに、原告の名誉、信用の回復手段として請求の趣旨2記載のとおり謝罪文の掲載を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2のうち、本件記事が、原告が自民党から役職停止処分を受けたことがあることを摘示したものであることは認めるが、その余は否認する。

なお、原告自身は、昭和四九年の参議院議員選挙における選挙違反事件で起訴されたことはないが、本件記事中の「参院選の選挙違反で起訴された原告」という表現は、「選挙違反で起訴まで至った事態に関連した原告」とも読めるもので、必ずしも原告自身が起訴されたとの事実を摘示したものということはできない。

3  同3の冒頭部分は争う。同3(一)のうち、原告が以前国会議員であったことは認めるが、その余の事実は知らない。同3(二)のうち、原告が主張のような学長、代表取締役の地位にあることは知らないし、その余は争う。同3(三)、(四)は争う。

三  抗弁

1  本件記事は、自民党所属の稲村議員の脱税事件に関して、自民党として同議員に対しいかなる対応、措置をすることになるのかにつき予想される事態を検討するにあたって、過去の処分例を記述したものであって、本件記事は、公共の利害に関する事実について、専ら公益を図る目的に出たものであり、次のとおり、その内容は真実であると信じたことに相当の理由があるから、不法行為は成立しない。

2  原告が、選挙運動員による大量の選挙違反を理由として、自民党から三年間の役職停止処分がなされたことは真実である。

また、昭和四九年の参院選において、原告自身は起訴されなかったものの、原告は、義父、叔父、従兄弟を含め約一三〇人に及ぶ大量の選挙違反による逮捕者を出すなど、右選挙違反は政治的、社会的評価としては原告自身の選挙違反事件と評価できるものであり、本件記事の表現は特段真実と異なるものではない。

3  仮に、本件記事の内容が真実でないとしても、被告はそれが真実であると信じるにつき相当の理由がある。

すなわち、被告の山田孝男記者(以下「山田」という。)は、本件記事を執筆するに際し、政治部の記者であり取材であることを明らかにしたうえで、自民党の党規違反の担当部局である党紀委員会に過去の国会議員の処分歴を電話取材し、担当職員から、原告が三年間の役職停止処分を受けたこと、その理由及び処分日時を聞きとり、この取材に基づいて本件記事を執筆したものであって、そもそも自民党の役職停止処分は非公開であり、役職停止処分の有無を取材するには、自民党本部でその記録を保管している党紀委員会しかないことからすれば、山田としては、その党紀委員会の担当職員から本件記事のとおりの内容の情報を得て記事としたものである以上、仮にその情報が真実でないとしても、被告には何らの過失も存しないというべきである。

また、右電話取材の際、党紀委員会の担当職員は、原告の処分理由は参院選における買収事件で起訴されたことである旨説明していたものであり、前記のように右買収事件が政治的、社会的には原告の選挙違反事件と評しうるものであって、自民党の職員でさえ原告が起訴されたと思っているような状況からすれば、山田が右起訴されたとの処分理由の説明を真実と信じたことにも何ら過失はないといえる。

4  なお、被告は、本件記事中の原告が選挙違反で起訴されたとの部分について、原告の申し入れを受けて、本件記事の三日後の平成二年一二月二七日に、毎日新聞朝刊の第二面紙上で「おわび」と題して、原告自身が起訴されたものではないことを明らかにする別紙三記載の訂正記事を掲載しており、この点に関する原告の損害は既に填捕されているというべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

2  同2は否認する。原告が自民党から役職停止処分を受けた事実はない。このことは、昭和五四年一二月二一日付けの朝日新聞、読売新聞の夕刊でも明らかである。

3  抗弁3のうち、山田が自民党の党紀委員会の職員に対し、電話で過去に自民党から処分を受けた国会議員がいるかどうかの問い合わせをしたことは認めるが、その余の事実は争う。

ところで、本件記事は、稲村議員の脱税事件にからむ党籍の取扱を問題とした記事の中で記載されたものであるが、稲村議員の離党問題と役職停止処分とは関連性がなく、いわんや原告等の個人名まで出す必要性は全くないし、また、取材から本件記事の掲載まで三日間を要しており、記事に緊急性も認められない。このように、記事の必要性、緊急性がそれ程認められない本件のような場合においては、報道機関たる被告としては、最も厳格な調査義務を要求されるというべきである。それにもかかわらず、被告は、党紀委員会に対する単なる電話での問い合わせをしただけで、自民党に対する正式取材の申し込みもしておらず、また、資料にあたって事実関係を調査するとか、原告の事務所に確認するといった十分な調査を尽くしていないのであって、被告に過失があることは明らかである(ちなみに、同じ全国紙の朝日新聞、読売新聞にあっては、昭和五四年一二月二一日付けの宇野亨議員に関する記事で、昭和四二年以降初めての処分であると記述して、原告が役職停止処分を受けていないことを明らかにしている。)。

4  抗弁4のうち、被告主張のとおり訂正記事が掲載されたことは認めるが、その余は否認する。右訂正記事には、全く謝罪の意思が表明されていない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二本件記事は、自民党所属の国会議員である稲村議員の脱税事件について、「『離党』軸に協議」、「自民 稲村元長官のけじめ」との見出しのもとに、自民党執行部が稲村議員の党籍の取り扱いに頭を痛めているとし、離党によってけじめをつけるという方法が定着しつつあるが、本人から離党の申出がない場合には、党が行う制裁措置として、党則九七条に基づく離党勧告などが予想されるとしたうえで、「しかし自民党の党紀委員会が第九七条を発動して現職の国会議員に制裁を加えた例としては、昭和四十九年、参院選の選挙違反で起訴された糸山英太郎前衆院議員、同五十四年、衆院選の選挙違反で起訴された宇野亨元衆院議員らに対する役職停止処分(三年間)があるくらい」で、現職国会議員に離党勧告を行った前例はないと記述しているものである。

右のように、本件記事は、稲村議員の脱税問題に関連して、過去に自民党が国会議員に対して行った制裁措置の例を紹介したもので、記事全体の中では必ずしも中心的な部分を占める記述ではないといえるが、しかし、原告が選挙違反事件で起訴され自民党から役職停止の制裁処分を受けたことがあるという記載は、同人の社会的な評価を低下させるものであり、その名誉、信用を毀損するものであることは明らかである。ところで、原告は、本件記事は原告が稲村議員と同様の犯罪的行為を犯したかのごとき印象を与える旨主張するが、本件記事の前後関係を検討しても、そのような印象を与えるおそれは認められず、この点の原告の主張は失当である。

なお、被告は、本件記事中の「選挙違反で起訴された原告」という表現は、必ずしも原告自身が起訴されたということでなく、「選挙違反で起訴まで至った事態に関連した原告」とも読める旨主張するが、一般読者の立場に立って本件記事を素直に読む限り、右は原告自身が起訴されたとの記述であることは明らかであり、被告の主張は到底採用できない。

三ところで、新聞の掲載記事等が他人の名誉を毀損する場合であっても、その記事等が公共の利害に関する事実に係り、もっぱら公益を図る目的に出たものである場合には、摘示された事実が真実であると証明されたときは、右記事等の執筆行為には違法性がなく、仮に右事実が真実であることが証明されなくとも、行為者においてその事実が真実であると信じたことにつき相当の理由があるときは、右執筆行為には故意もしくは過失がなく、不法行為は成立しないものと解すべきである(最判昭和四一年六月二三日民集二〇巻五号一一一八頁参照)。

本件記事は、国会議員であった原告(原告が国会議員であったことは当事者間に争いがない。)が所属政党である自民党から制裁処分を受けたというものであって、公共の利害に関する事実に係るものであることは明らかであるところ、右記事の内容及び証人山田の証言によれば、本件記事の目的は、稲村議員の脱税事件に関連して、自民党の国会議員に対する過去の処分例を紹介することにあったことが認められ、右によれば、本件記事がもっぱら公益を図る目的で執筆、掲載されたものであることは明らかである。

1  そこで、本件記事の真実性について検討する。

(一)  まず、原告が昭和四九年の参院選の選挙違反で起訴された事実がないことは被告の自認するところであるから、本件記事のうち「選挙違反で起訴された原告」との部分が真実でないことは明らかである。

なお、被告は、昭和四九年の参院選では原告の義父、叔父等を含め選挙違反による大量の逮捕者を出すなど、政治的、社会的には原告自身の選挙違反事件と評価できるから、右記事部分は真実である旨主張する。その趣旨は理解し難いが、いずれにせよ、政治的、社会的に原告自身の選挙違反と評価できることと、原告が選挙違反により起訴されたこととを同一に考えることができないことはいうまでもなく、被告の右主張は採用の限りではない。

(二)  次に、本件記事のうち、原告が役職停止処分を受けたとの部分についてみるに、〈書証番号略〉(党規違反審査一覧表)には、原告が昭和四九年六月役職停止(三年)の処分を受けた旨の記載があるが、右は、官公署作成部分は成立に争いがなく、その余の部分は〈書証番号略〉及び証人遠田の証言に照らし、採用することができず、他に本件全証拠を検討しても、原告が自民党から役職停止処分を受けた事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)  右のとおり、本件記事において摘示した事実については、いずれも真実であることの証明がなく、この点に関する被告の主張は失当である。

2  次に、真実であると信じるについての相当性の有無について検討する。

(一)  証人遠田の証言により原本の存在及び〈書証番号略〉、証人山田及び同遠田の各証言によれば、①被告の政治部記者である山田は、稲村議員の脱税事件に関して自民党の対応を記事にするあたり、本人から離党の申出がない場合に、自民党としてどのような制裁措置があるかを調査しようと、平成二年一二月二一日、過去の処分例について、自民党の党規委員会に電話で取材することとしたこと、②山田は、電話口に出た党紀委員会の職員甲斐延子(以下「甲斐」という。)に対し、被告の政治部の記者であることを名乗ったうえ、党則九七条に基づく過去の処分例について尋ねたこと、③これに対し、甲斐は、処分例として原告と宇野亨の二名を挙げ、原告については昭和四九年六月の参院選の選挙違反で起訴されたことにより役職停止の処分を受けている旨回答したこと、④そこで、山田は、甲斐に対し、何か資料があるのか確認したところ、甲斐は、資料〈書証番号略〉に基づいて読みあげているから間違いない旨答え、山田としては、その間の応答に関して特段の不自然な点を感じなかったこと、⑤ところで、自民党における役職停止処分は、同党の党紀委員会が審査して決定するものであり、過去の記録は党紀委員会で保管されていること、⑥役職停止処分は党内処分であるためこれを公表した資料等は市販されていないこと、⑦なお、自民党では、マスコミ等の取材に対しては、広報事務部長の立会いのもとで行うなど党職員の対応方法に関する指針が定められているが、現実には、関係部局に対する口頭ないしは電話による取材が相当部分を占めていること、が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 右認定した事実からすると、自民党の国会議員に対する過去の処分例について調査するためには、その関係部局である党の党規委員会に尋ねるのが適切な方法であるといえるところ、本件において、山田としては、記録を保管する党紀委員会に取材し、その結果、同委員会の職員から、資料に基づくものであるとして原告に対する役職停止処分があったとの情報を得たものであって、他にはかかる党内処分を公表した資料等もなく、右情報に関する限り、党紀委員会が最も信頼すべき部署であることなどを考えると、その職員に対するごく自然な取材の過程で得た情報である以上、更にこれについて被処分者に問い合わせるなどその裏付けの調査をしなかったとしても、あながち責められることではなく、真実、過去に原告に対し役職停止処分がされたことがあると信じたことには相当な理由があるというべきである。

確かに、右議員が回答した処分日時は、原告の初当選前であって明白な誤りが存するが、僅か一か月の違いであり、しかも、取材時よりも一五年以上も前の出来事であることからすれば、山田が、右の誤りに気づかず右職員の回答の正確性に疑念を抱かなかったとしてもやむをえないといえるし、また、昭和五四年一二月当時の他の日刊新聞では、原告に対する役職停止処分があったとされていないとしても(〈原本の存在及び〈書証番号略〉)、取材の時期、内容が異なる以上、そのことは前示判断を何ら左右するものではない。

(三)  しかし、本件記事のうち原告が選挙違反で起訴されたとの点に関しては、原告が起訴されたかどうかは自民党の内部処分と異なり、当時の報道記事を再検討する等の方法によって容易に調査しうる事項であるにもかかわらず、山田は、本件記事を執筆するにあたって、党紀委員会の職員から得た情報をそのまま鵜呑みにして、何らの調査確認もすることもなくそのまま記事にしたものであって、報道に携わるものとして軽率に過ぎるとのそしりを免れないというべきであり、党紀委員会の職員からその旨の回答を得たからといって、これを真実であると信じたことに相当の理由があるということはできない。

3 右のとおり、本件記事中「選挙違反で起訴された原告」との部分については、これを真実と信じたことに相当の理由を認め難いところ、被告が、原告の申し入れを受けて、本件記事掲載の三日後の平成二年一二月二七日付け毎日新聞朝刊の第二面紙上で「おわび」と題して、原告自身が起訴されたものではないことを明らかにする別紙三記載の訂正記事を掲載したことは当事者間に争いがない。

右訂正記事は、表題の「おわび」の文字を通常よりも大きな文字で記載し、「選挙違反で起訴された糸山英太郎前衆院議員」とあるのは、「選挙違反で…幹部運動員が起訴された糸山英太郎前衆院議員」の誤りであったとし、「おわびして訂正します」と記載しているものであって、これを読む一般の読者に、原告が起訴されたというのは誤りであったことを明らかにし、その訂正と謝罪の意思を表明したものということができる。そして、もともと本件記事は、稲村議員の脱税事件に関する自民党の対応をテーマとした記事の一部で、全体の記事の中では付随的な位置を占めるに過ぎず、その文脈などからみても、本件記事が特に読者の注目を集めるとまでは考えられないし(全体の記事の体裁、内容からすれば、一般読者としては、稲村議員の脱税事件について自民党が如何にしてけじめをつけるかに関心が向かうのが通常であろう。)まして、右起訴に関する記載は、本件記事の更に一部でしかないのであって、別紙二記載の記事全体からみれば主要な部分でないことなどを考えると、起訴されたとの誤った記述によって、原告の名誉、信用が毀損されたとしても、その三日後に掲載された前記訂正記事による訂正と謝罪とによって、その名誉、信用は回復され、原告の精神的苦痛も慰謝されたものと認めるのが相当である。

四結論

以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐藤久夫 裁判官山口博 裁判官金光秀明)

別紙二

別紙三

別紙一謝罪文〈省略〉

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